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実証報告 2021年7月2日

実証例⑪★紹介

今回は、ミロスシステムの理解や仲間のシェアを通して、両親を見る目や思考パターンを俯瞰し、抑圧していた感情を開放させていった事で、本当の自分自身を生きられるようになった方(T.Tさん・60代女性)の実証例をお伝えします。


実証例⑪ ↓↓

ミロスシステムを知る仲間とのシェアで、「笑いで誤魔化しているのではないか?」とか「いつも笑っているのが気持ち悪い」と言われた事が、ふと思い出されました。特に大きな悩みや問題はないのですが、なかなかはっきりとした気づきや理解が得られないまま… というのが私の現状でした。そんな私が、ミロスシステムを理解していく仲間を通して、自分も同時に解放され変容していった経緯をお話したいと思います。

まずは私の育った環境からになりますが… 父方の祖父母と叔父や叔母も一緒に住む大家族の中、私は3人兄弟の長女として生まれ、3歳下に妹、そしてその4歳下に弟が生まれました。

私の父親は、外では陽気でよくしゃべる楽しい父と思われていましたが、家ではムッツリ瞬間湯沸し器でした。そんな父に叩かれたり大声で怒られたりした事もあり、本当に怖かったという記憶が残っていました。「何でそんなに怒られてるんか分からない!」そう感じていました。

そんな中、子どもの頃の私にとって記憶に残るとても怖い日がありました。それは、同居していた叔母がある時に家出をし、その後見つけられたのですが、その時には妊娠していた事が発覚したそうで… 大家族の中では大事件だったようです。現場を見てはいなかったけれども、家の中では大きな声で罵声が飛び、幼かった私にとっては、声だけが聞こえていたあの日のことは忘れられない、とても怖い1日になりました。

今考えてみたら、そんな事があったことで、父はきっと叔母(父の妹)のようにならないように、私や妹に同じような事が起こらないように、私たちを「大事に育てなければ」と思ったに違いない、「何かあっては取返しがつかない!」父の心配は絶えずあったのではないかなと思います。

そんな私が大きくなって結婚相手に選ぶ人は、父とは違う、とにかく優しい人でした。主人はむやみやたらには怒らない人でした。優しくて怒りません、ですが私にとっては声に出して怒らなくても、顔が怒っているように感じる事はよくありました。ですから、そんな風に感じる時は、私は話しかけたりしないようにしていました。

もちろん、当たり前ですが、社会に出てからも怒る方とは、会話はしません。笑顔の人とは話しますが、不機嫌そうな人には近寄りません!そんな人間関係だったように思います。ですから、「怒らせないように、自分はなるだけ笑顔で!」と気をつけて、人の顔色をよく見て話していました。

そんな私に、ミロスを通して出会った方が「いつも笑っているのが気持ち悪い」と言うのです。そして別の方からは「笑いで誤魔化しているのではないか?」とも。その言葉を聞いた時に私は、「そうなんかな?」と、はじめは素直に聞けずにいました。私は自分からはあまり話しません、どちらかというと聞く方だと思っていました。ですが吐き出せない分、家に帰ってお風呂に入ってゆっくりしている時に、よく思い出すことがありました。「今日そういえば、あんな事言ってたな!あいつ!」とか、妄想のように次から次へと思い出されて腹が立って仕方なかったのです。でも決してその場では言えません。グッと我慢する自分がいました。イヤな事があっても、気持ちを押し殺してイヤとは言えず、怒りを笑いにすり替えていたのです。だから、「気持ち悪い」とか、「誤魔化している」と言われていたんだなと漸く理解する事ができました。本当のところは、本心から全然笑えてなかったという事です。

子どもの頃からよく言われてきた言葉があります。「天真爛漫がいいよ」「笑っているのがいいよ」と。ですから、そうした方が愛されると思い込み、自分や感情も出さずに抑えて誤魔化して生きてきました。本音を話さない分、今度は自分が一体何を考えてきているのかも解からなくなっていた事なども俯瞰することができました。

ミロスのカリキュラム後に受講者達がシェアをする機会がありました。私はシェアが苦手、しかし、その日は早く帰らなくてはいけなかったので、自分からシェアをしたのですが、なぜかそのカリキュラムの内容とは全く関係のない《身内の恥》のような事を話してしまいました。後から「何を話しているか解からない!」と言われて、自分でも「ホントだ!」と腑に落ちました。子どもの頃から、「家庭内の事を他人に話しては絶対ダメ!」と言われ続けて来た私が、「なんだか緩んだような気持ちになれたのかな?」と思えて自分の変化に驚きました。

ミロスシステムを理解していく中で、そのような色々なエピソードもあり、私の生き方が少しずつ変化してきました。

そして最近、こんな事もありました。その日の主人は怒りはしませんが、不機嫌そうに見えていたのです。そんな時は、以前の私なら話しかけませんが、思い切って何も気にせずに聞いてみました。「今、何考えてたの??」と…。すると主人は「仕事の段取りを考えてただけ」と言うのです。「え~~~!たったそれだけ??」でした。不機嫌そうな顔に見えていて、私は絶対怒られるんだと思っていたけれども、それは全く違っていました。父から子供の頃に、訳も分からず怒られるのが、怖くて怖くて仕方がなかった事… 全く同じように、夫にも感じていたんです。それが今迄ずっと続いていたなんて、本当に驚きでした。私は結婚して、かれこれ40年になるのにです。

そして、こんな事も言われていました。一番下の子の娘ですが、ボクサーを目指して頑張っていました。チャンピオンにもなるほどでした。そんな娘がボクサーを辞めた時に、仲間の方から「あなたの戦いが終わったのねー」と言われたのですが、その時は、ピンときませんでした。娘の拳をあげで戦う姿… 自分は誰とも一切戦わずでいたけれども、目の前では殴り合っていた。怒りを誤魔化し続けていた私に娘がボクサーとして拳をあげて、怒りを表現していたのです。いつも《心の葛藤》として闘いを見せてくれていたなんて。「その姿は私の思いもしない怒りを爆発してくれていたのか!」と。当時は解かりませんでしたが、今その意味がようやく受取ることができました。

考えてみたら、あれだけ妄想のように、「あんな事言われて腹立つ」とか色々と後から思う事があったのに、今は何もない事にも驚いています。

人生が紐解けて、周囲ばかりを気にする八方美人は、自分に対して八方塞がりの始まりだったと感じます。それもこれも、自分のプログラムだと気づいた時に力が抜けて、本当の意味で自分自身を知る事ができました。八方美人にはピリオドを打って、今というプロセスを存分に楽しんでいきます。(^^♪ 

今では、父の優しかった事も次々に思い出されて、涙涙です。あんなにイヤだった父がこんなにも大好きな父だったと気付く事ができ、本当に嬉しいです。「大嫌い」の裏には「大好き」が同時に存在していました。

そして何より…最大の喜びは、両親はすでに他界していますが、その両親を含め先祖の家を守って繋いでいかなければならなかった気持ち(愛)に寄り添えられた事… 今はもう安堵感でいっぱいです。


いかがでしたか?

幼い頃にインプットした両親(自分)を見る目をベースに、他者との関係性を築いていく為、もしも間違った思い込みを刷り込んでいた場合、後の人生に大きな影響を与えていってしまいます。しかし、そうした間違った思い込みを俯瞰し、開放させていく事で、本当の自分自身と出合い、あるがままの世界が目の前に広がっていきます。

人生を俯瞰する新しい視点を手に入れ、思い通りのセカンドライフをスタートできますように… そんな思いを込めて、様々な実証例などもご紹介していきます。